NO NUKES PRESS web Vol.029(2020/05/28)

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NO NUKES PRESS web Vol.029(2020/05/28)
 
Opinion:「コロナとのこの3カ月」と「イチエフの後始末」
 
寄稿:今中哲二(原子力安全研究グループ/京都大学)

 
「新型コロナウイルス」という困難に直面している日本、そして世界。一方で、9年前に起きた福島第一原発事故は未だに収束せず、廃炉への道のりもはるかに遠い。原子力利用の危険性について長年研究を続けてきた、今中哲二さんにご寄稿いただきました。
 

【NO NUKES PRESS web Vol.029(2020/05/28)】Opinion:「コロナとのこの3カ月」と「イチエフの後始末」 寄稿::今中哲二(原子力安全研究グループ/京都大学)pic.twitter.com/HDp2ttl3ti http://coalitionagainstnukes.jp/?p=14028

 
 

コロナとのこの3カ月
 
この原稿をまとめている20日ほど前の4月7日に「新型コロナウイルス緊急事態宣言」が発表され、東京、大阪など7府県が緊急事態の対象区域に指定された。そして16日には、対象区域が全国に拡大された。武漢からの帰国者に国内最初の患者が確認されたのは1月17日のことで、厚生省はその当時「現時点ではヒトからヒトに次々に感染する明らかな証拠はない」とコメントしている。それが、この4月25日には国内感染確認者1万2829人、死者334人に達した。世界全体では、感染者約290万人、死者2万人以上とされている。
 
この3カ月間を振り返ると、日本政府のコロナ対策は迷走続きであった。というか、私には何処にヘッドクオーター(作戦本部)があって誰がどう仕切っているのかなかなか見えてこなかった。当初は「水際作戦」で感染を抑えこむつもりだったし、出来ると思っていたようだ。豪華客船ダイヤモンドプリンセス号が横浜港に着岸した頃である。そして、東京の屋形船での集団感染が判明したのは2月14日だった。テレビのワイド番組である専門家が「水際作戦は破綻し、もう市内感染がはじまっています」と言い切っていたのを覚えている。しかしその後、2月末に韓国で、3月はじめからイタリア、フランスなどで爆発的な感染増加が起きても日本の感染者数はたいして増えなかった。一方、テレビでは、「発熱が続いてPCR検査を希望してもやってもらえない」と訴える人が続出していた。
 
9年前の原発事故のとき、炉心がメルトダウンして大変なことになっているのは明らかなのに「原子炉の被害はたいしたことありません」と政府・東電が繰り返していたのを思い出しながら、PCR検査をしないことによって「日本のコロナはアンダーコントロール」ということにしたいのではと私は勘ぐっていた。なぜなら7月末に東京オリンピックが控えていたからである。「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証としてオリンピックを完全な形で実施することに賛成してもらった」と安倍首相がG7首脳テレビ会議の結果を語ったのは3月16日だった。
 
一方、この頃に感染経路不明のコロナ感染者が増え始め、厚労省内の対策チームで感染爆発への危機意識が高まっていたことが3月22日放送のNHKスペシャルで明らかにされた。この番組でようやく政府のコロナ対策の戦略が透けてみえ、私は次のように理解した。まず、PCR検査を受けるハードルを高くしておいて、重症者だけを優先的に発見し、感染確認される人の数を絞る。そして、発見された重症者の感染経路と濃厚接触者を調べ上げ関係者のPCR検査を実施し、感染者を隔離する。つまり、軽症者や無症状者は、自然に治ったりするので積極的には把握せずに放置する。こうして感染確認者の数を医療キャパシティの範囲に抑えながら新規感染者が減るのを待つ、というやり方である。このやり方を私は「モグラ叩き芋ヅル作戦」と呼ぶことにしたが、芋ヅルをたどれないモグラが増えてくるとこの作戦は破綻し、感染が拡大する。厚労省対策チームの危機感はそこにあった。
 
さまざまな外圧もあり、3月24日になってようやく東京オリンピックの延期が発表された。その翌日の25日に小池東京都知事が、東京はオーバーシュート(感染爆発)の瀬戸際にあり、ロックダウン(都市閉鎖)を防ぐため、と言って都民に外出自粛を要請した。オリンピックという重しがとれたので、ようやくコロナ対策が前面に出てきた、というのが私の印象だった。オリンピック延期の決定と軌を一にして、東京と全国の感染者数は一直線に増加しはじめた。「3月20日からの3連休にみんなが外出したのが感染増加の原因だ」と言う専門家がいるが、私からしたら、連休前から感染者数は増加をはじめており、オリンピック開催にこだわり必要な警告を怠った政府の方こそ感染者急増の責が問われるべきである。
 
モグラと芋ヅルで新型コロナを押さえ込むという作戦は失敗し、4月7日の緊急事態宣言に至ることになる。外出を自粛し他人との接触を「最低7割、極力8割」削減することにより感染を減らし、5月6日に緊急事態宣言を解除できる、と安倍首相は述べているが、はたしてどうなるだろうか。新型コロナが収束に向かっているかどうかを判断するための一番の目安は、毎日の新たな感染者数である。ところが、日本の感染者数は、PCR検査のハードルを上げていたため正確な把握が困難になっている。
 
緊急事態宣言の根拠である「新型インフルエンザ等対策特別措置法」は、幸いというか、福島原発事故のときの「原子力災害対策特別措置法」と同じく、一般国民に対する強制力(罰則)を持たない。自粛を要請されている一般国民のひとりとして、協力することにやぶさかではないが、コロナ対策に責任を持つ当局側には政策決定プロセスの透明性と丁寧な説明を求めたい。といっても、モリカケ、サクラ、カジノetcと何でもかんでもフタをし続けている安倍政権にそれを期待しても、「木に縁りて魚を求む」ようなことであるのは承知しているが・・・。
 
 
イチエフの後始末
 
「福島第一原発の廃炉作業に40年」といった見出しがときどき新聞に出たりするので、「40年もかかるのか、大変だなぁ~!」といつの間にかインプットされてしまっている方も多いだろう。しかし、少し調べて考えて頂ければ分かることだが、イチエフ(福島第一原発)の後始末が40年で終わるなどといったことはありえない。
 
●現場検証がはじまったばかりのデブリ撤去作業
「40年で廃炉」の出処は、東電・政府が発表している「福島第一原発の廃炉に向けた中長期ロードマップ」であるが、その中身は「うまくすれば30年~40年で燃料デブリをとりだせる」ということでしかない。デブリとは、事故のときにメルトダウンしてしまった核燃料が固まったもので、原子炉容器や格納容器の底に堆積している。猛烈な放射能があるため人は近づけず、ようやく小さなロボットを格納容器の中に入れてデブリの様子を調べる調査がはじまったところである。いわば、事故から9年たっても『現場検証にとりかかった』という段階である。メルトダウンした3つの原子炉にはそれぞれ200トン程度のデブリがある。デブリを取り出すためには、どこにどんな状態で堆積しているかを知っておく必要があるが、分かっているのはまだほんの一部である。ロードマップによると、昨年中にデブリの取り出すための工事のやり方を決めることになっていたが、当然のことながら決められなかった。「40年でデブリ取り出し」というのは、東電さん得意の「希望的に描いた絵」と言っていいだろう。
 
●イチエフは敷地全体が廃棄物保管場
廃炉という言葉を聞くと、壊れた原子炉の跡が更地になるかのような印象を持ってしまうが、そんなことは起きえない。何とかデブリを取り出して保管容器に収納できたとしても、デブリを引き取ってくれるところはないので、イチエフの敷地で長期保管するしかない。またデブリを取り出した後の汚染だらけの建屋についても解体撤去は難しいので、地震・津波に耐えられる形で長期保存するしかない。デブリを取り出さずに建物を丸ごとコンクリートで閉じ込める、というやり方もあるかも知れないが、私としては、地下水に触れたり津波をかぶったりする恐れのあるデブリは取り出して安定した場所で保管してほしい。その他に、燃料プールから取り出した使用済み燃料、崩れた建物のがれきや機材、汚染水処理に用いた膨大な量の廃棄物などもイチエフの敷地に長期保管されることになる。
 
●まずは汚染水を増やすな
最近しばしば報道されるのは、増え続ける汚染水を希釈して海に捨ててしまおうという計画である。イチエフの敷地はもともと地下水が多く、壊れた原子炉の建屋に流れ込んでいる。地下水流入を防ぐという目的で、建屋周辺の土壌を凍らせた凍土壁が2018年に完成したものの、結局は気休め程度の役にしか立たず今でも毎日150トンが流入しているそうだ。流れ込んだ地下水は、建屋の地階で高濃度滞留水と混ざって汚染水が増え続けている。汚染水を汲み上げ放射能除去装置を通してからタンクで保管されているが、さまざまな放射能が含まれており、すべてがうまく除去されるわけではない。なかでも、トリチウム(T)という放射能は、化学的には水素(H)と同じで、トリチウム水(HTO)という水そのものになっているので、普通の水(H2O)と選り分けることが困難である。その結果、1リットル当り約100万ベクレルといった高濃度のトリチウム汚染水が、これまでに1000基以上のタンクに合計100万トン余り溜まっている。もうじきタンクを増設する場所がなくなるので、東電、経産省、原子力規制委員会が一体となって、増え続けるトリチウム汚染水を希釈して海に捨てる計画を進めようとしている。しかし、彼らがまずやるべきは、海に汚染水を出すことではなく、堅牢な遮水壁の建設など建屋に地下水が流れ込まないよう本格的な対策を行い汚染水の増加を止めることである。
 
●これ以上余計な放射能を出してはならない
「処理水の取り扱いに関する小委員会」という経産省の専門家委員会が一昨年、トリチウム汚染水の処理方法をめぐって福島と東京で公聴会を開いたが、公募で集まった意見陳述者44人のうち42人が海洋放出に反対だった。ところが、この1月末開かれ発表された小委員会のまとめ案では、大型タンクを設置したり固めたりして長期保管するといった代替案は放棄された。まとめ案によると、「40年で廃炉」というロードマップの目標があるので長期保管ができないそうで、本末転倒な理由付けに唖然としてしまった。トリチウムは自然界にもあるし、放出ベータ線のエネルギーが小さく基準値以下に希釈すれば環境影響は問題ないそうだ。しかし、トリチウムにはトリチウムなりの危険性があるが故に基準値が定められているのであって、希釈したからといって放射能が減るわけではないし、安全になるわけではない。「これ以上余計な放射能は放出しない」という方針の下にトリチウム汚染水は長期保管すべきである。トリチウムの半減期は12年なので、120年保管すれば1000分の1になり、240年たてば100万分の1に減衰して自然界レベルになる。タンクを作る場所が足りないのだったら、廃炉がきまった福島第二原発の敷地も利用すべきである。
 
●100年、200年先を見据えた後始末計画を
イチエフの敷地に隣接して環境省が巨大な中間貯蔵施設を作っている。飯舘村などの除染から出たフレコンバッグを運び込むそうだが、「中間」である所以は、30年後に「福島県外の最終処分場」へ運び出すからだそうだ。しかし、最終処分場が県外に見つかると本気で思っている人はいないであろう。
一方、環境省は、除去土壌の再利用という名目で、フレコンバックの土壌を畑の盛土や道路の基盤材に使う計画を飯舘村などで進めている。中間貯蔵施設に運び込む量を減らしたいということのようだが、フレコンバッグの行き先が間違っている。除去土壌に限らず、東京電力には、原発事故で発生したすべての放射能汚染に対して責任があり、東電と政府は、イチエフと中間貯蔵施設を一体化して運用管理し、事故で発生したすべての放射性汚染物を引き取り長期保管するべきである。
 
福島原発事故の後始末が、私たちが生きているうちに終わることはありえない。30年、40年で何とかなるという場当たり的な対策ではなく、私たち、今の世代に出来ることは、100年、200年先を見据えた後始末計画を立てて、福島原発事故という負の遺産を次世代に引き継いで行くことである。
 
(4月26日、34年前に起きたチェルノブイリ原発事故を思い出しながら)
 
 
 
今中哲二 <プロフィール>
京都大学複合原子力科学研究所・研究員。専門は原子力工学。1950年広島市生まれ。1973年大阪大学工学部原子力工学科卒業、1976年東京工業大学大学院修士課程修了後より京都大学原子炉実験所助手。2016年の定年後から非常勤研究員。
大学院時代より日本の原子力開発の在り方に疑問をもちはじめ、研究者としては、原子力を進めるためではなく原子力利用にともなうデメリットを明らかにするための研究に従事。広島・長崎原爆による放射線量の評価、チェルノブイリ原発事故影響の解明、福島原発事故による放射能汚染調査と周辺住民の被曝量評価などを行っている。
原子力安全研究グループ・HP http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/
 
 
 
 
 
 
 
 

 

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