NO NUKES PRESS web Vol.030(2020/06/26)

Posted on by on 5月 24th, 2020 | NO NUKES PRESS web Vol.030(2020/06/26) はコメントを受け付けていません

NO NUKES PRESS web Vol.030(2020/06/26)
 
Opinion:9年前のデジャヴュにとらわれて
 
寄稿:香山リカ(精神科医)
 
9年前の「福島第一原発事故」、そして「新型コロナウイルス」という困難があぶり出したものは―― 
私たちとともに安倍政権とそれをアシストする人たちに対峙してきた、精神科医の香山リカさんにご寄稿いただきました。
 

【NO NUKES PRESS web Vol.030(2020/06/26)】Opinion:9年前のデジャヴュにとらわれて 寄稿:香山リカ @rkayama(精神科医)pic.twitter.com/4ulPPqZwo5 http://coalitionagainstnukes.jp/?p=14058

 
 

2020年3月。
東日本大震災と福島第一原発の事故から丸9年がたったこの月。
本来ならば私は3月末から4月にかけて、ミャンマーに滞在しているはずであった。北西部のワッチェ慈善病院で、短期間ではあるが、日本からのボランティア医師たちに混じって活動しようと計画を立てていたのだ。
 
個人的なことで恐縮だが、昨年あたりから私は原発政策を含めた日本の政治や社会状況に”イヤ気”がさしていた。いくら市民が集会やデモで声を上げても、署名を集めて提出しても、マスコミで心ある記者が公文書改ざん問題などをスクープしても、安倍政権はびくともしない。少なくともそのように見える。それどころか、安倍政権を批判するだけで「反日」「非国民」と言われる。与党の政治家の中には、韓国や中国へのヘイトスピーチまがいの発言を国会で平気で口にする人もおり、安倍総理本人も「虎ノ門ニュース」などヘイト垂れ流しのネット番組に出演し、嫌韓発言で知られる作家の百田尚樹氏などとの親交を隠すこともない。
 
原発にしても同じだ。あれほどの事故を起こし、ふるさとや仕事を永遠に奪われた人たちを生み、健康不安の問題にはいまだに答えが出ていない。いまだに2万人を超える人が避難生活を送っているのだ。
首都圏反原発連合の毎週金曜日の抗議活動にはいまだに多くの参加者が集まり、世界の国々は脱原発、再生可能エネルギーへと電力政策を転換した。それにもかかわらず、日本は2018年7月になってもなお、原子力発電を「長期的なエネルギー需給構造の安定性に寄与する重要なベースロード電源」と位置づける新エネルギー計画を閣議決定したのである。
 
計画書には何度も「原子力規制委員会により世界で最も厳しい水準の規制基準に適合すると認められた原子力発電所の再稼働」というフレーズが繰り返され、「低廉かつ安定的な電力供給や地球温暖化といった長期的な課題に対応していくことが求められる中で、国民からの社会的な信頼を獲得し、安全確保を大前提に、原子力の利用を安定的に進めていく」と、日本政府の強い”決意表明”さえ記されているのだ。
 
 
――もうこの国、ダメだ。
 
名古屋市で行われていた現代美術展「あいちトリエンナーレ」の「表現の不自由展・その後」という企画が、従軍慰安婦問題から着想を得た「平和の少女像」の展示から端を発してネトウヨからの抗議が殺到して閉鎖に追い込まれ、河村たかし名古屋市長もさかんに同企画を糾弾した。そんなことが起きた昨年の夏頃から私は日本へのあきらめの気持ちにとらわれ、「もうこれからは自分の好きなことをした方がよい」と思うようになった。そしていろいろな人たちに連絡を取り、まず3月にミャンマーに、そして秋にはパレスチナのガザ地区に行って、医療ボランティアをさせてもらう手はずを整えたのだ。
 
ところが、私はミャンマーに行けなかった。秋のパレスチナ行きも延期が決まっている。もちろん、それは新型コロナウイルス感染症の拡大のためだ。そしてそのかわりのように、東京の大学病院のコロナウイルス感染疑いの外来で手伝いをすることになった。そのいきさつは省略するが、そこで私は9年前の3月のデジャヴュのような感覚にとらわれた。
 
あのとき、原発事故により放出された大量の放射能について、当時の民主党政権は「ただちに健康被害はない」と繰り返した。しかし、東北はもちろん、首都圏やそれ以外の地域でも住民に不安が広がった。日本に滞在する外国人には母国から勧告が出て、大勢の人たちが用意された航空機で帰国した。国内でも「なるべく遠くへ」と九州や沖縄に避難する人もいたが、とどまった人たちも飲み水や食品の汚染を警戒しながらの生活となった。
 
それは当然のことであろう。すぐに健康被害はなくても、低線量被曝の影響などについてはまだよくわかっていないことも多い。それよりも、2011年3月12日から起きた福島第一原発のあの1号機、3号機、4号機の爆発の映像をテレビなどで見てしまえば、「恐ろしいことが起きた」「もう逃げたい」と直感的に海外や西日本に逃げたり、食べるものを制限したくなったりしてしまうのは、当然のことなのではないだろうか。
 
それにもかかわらず、政府は人びとに冷静に行動するように呼びかけ、さらに専門家の中に「たいしたことではない」と被害を矮小化する人たちが現れたのだ。「メルトダウンではない」と言う物理学者、「累積線量の基準は現在(1mSv)の1000倍ぐらいに緩和しても十分な安全率がある」と言う経済学者、「ニコニコ笑っていれば放射能の被害は受けません。クヨクヨしていれば受けます」と言い出す医学者までがいた。その影響ではないだろうが、政府はその後、一般人の被曝限度を年1mSvから大幅に緩和して、20mSvを避難基準としたのである。
 
 
――本当に逃げなくていいの? これまでと同じ食べものを口にしていいの? どうしてこれまで国際的に定められていた被曝の限度が、いきなり20倍になるの?
 
専門家ではない一般の市民たちの素朴な疑問は、封印された形になった。さらに、そのあと特に子どもの甲状腺への健康被害が問題となり、多くの親たちはわが子の検査を望んだが、それに対しても札幌医大教授の放射線学者が「だれも、この低線量で甲状腺がんにならない。素人知識で福島県民や国民を脅すのもいい加減にせよ」と論文に書き、田母神俊雄氏を一躍有名にしたアパホテル主催の論文コンテストの最優秀賞を受賞しているのだ。
彼らの主張はその後、2012年暮れに誕生した第二次安倍政権の原発推進政策を陰日向になりアシストすることになったのである。
 
そしてこの3月、そのときとまったく同じことが起きた。
人類がいまだ見たことのない新しいウイルス感染症が世界で猛威を振るい、ついに日本にも上陸したとなれば、誰もが不安に陥るのは当然だ。被曝の場合、線量計をつけても健康被害までをすぐに測ることはできないが、幸いにしてこの感染症にはPCR検査という手段があった。
 
ところが、そのPCR検査は当初、保健所を通さなければ施行も結果をきくこともできないシステムになっていたのだ。3月にはコロナ疑い外来には発熱や咳を訴える多くの患者さんが訪れた。医者はその人たちを診察して、検査が必要と考えても、それから保健所に連絡を取り、申し込み、検体の引き取り、結果の通達などすべてをまかせなければならない。そもそも、その保健所への電話がつながらず、やっとつながっても「100件待ちなので何時間後に行けるかわからない」などと言われたり、「中国への渡航歴がない人の検査は引き受けられない」と断られたりするのだ。結果的に日本の検査数は異様に抑制され、実際の感染者数はわからない状態が続いた。その背景には、感染者数を抑えてこの夏に予定されていた東京オリンピックを開催したい、という政府の意向があったのは明らかだ。
 
私も外来で何人かの患者さんに、「すぐに検査はできない。でも感染は否定できない。しばらくは家にとどまっていてください。万が一、呼吸が苦しくなったらすぐに救急車を頼んで来てください」などと伝えざるをえなかった。もし、急変して命にかかわる状況が起きたとしたら、医療ミスと責められてもおかしくないような対応だ。
そんなおかしな状況に対して、一部の医師は早くから声を上げた。沖縄在住の徳田安春医師はChange.orgで「医師の判断でPCR検査を行わせてください」という署名を集め、8万7千人が賛同した。
 
一方で、「検査は精度が低いから意味がない」「検査を増やせば院内感染が広がる」「検査を求める人が殺到して医療崩壊が起きる」とテレビ、雑誌、ネットで繰り返し発言する医師もいた。「熱があって心配。検査してほしい」とツイートする一般の人に、「黙って家にいてください」などと言い放つ医師さえいた。
 人びとの直感や素朴な不安、思いに対して、「大げさだ」「シロウトにはわかっていない」などとせせら笑う専門家。彼らもまた、自分ではその自覚はなくても、感染防止の初動に失敗したのを隠そうとする政府を強力にアシストしているのである。
 
なんて愚かなのか。なんて学ぶことがないのか。しかし、見てしまったからには仕方がない。ミャンマーにもパレスチナにも行けない私は、この日本でもう少しのあいだ、理不尽きわまりない安倍政権とそれをアシストする人たちに対峙していこう。それしかないではないか…。いまはそう思っている。
 
 
 
香山リカ <プロフィール>
1960年札幌市生まれ。東京医科大学卒業。精神科医として臨床を行うかたわら、立教大学現代心理学部で教鞭を取る。新聞や雑誌で一般の読者向けに心の健康に関するエッセイなども執筆する。原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟(原自連)・幹事。
香山リカ・オフィシャルウェブサイト http://www.caravan.to
 
 
 
 
 
 
 
 

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