NO NUKES PRESS web Vol.027(2020/03/26)

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NO NUKES PRESS web Vol.027(2020/03/26)
 
Opinion:原発事故から10年 - 子どもたちの通う道をととのえるために –
 
寄稿:鈴木薫(認定NPO法人いわき放射能市民測定室たらちね・事務局長)
 
 
福島第一原発事故から10年目 – 政府はありったけの権力を使い、風化しつつある事故の惨状を覆い隠し、なかったことにするかのように振舞っています。しかし、福島の「今」は確実に存在します。『いわき放射能市民測定室たらちね』の鈴木薫さんに、心情を綴っていただきました。
 

【NO NUKES PRESS web Vol.027(2020/03/26)】Opinion:- 子どもたちの通う道をととのえるために – 寄稿:鈴木薫(認定NPO法人いわき放射能市民測定室たらちね @tarachineiwaki ・事務局長) http://coalitionagainstnukes.jp/?p=13852 pic.twitter.com/VEB9Dp1fXE

 
 

「野の道」 
 
野の道をととのへよう
子らが行く路
樹々もあれ、野の花々
かたはらに蜜も虫も
 
裸足よ歩けば
ひたひたと
死んでゐるひとたち
うたを唱へば
かやかやと
未だ生まれぬもの等にも
響き伝はる
生きてゐる音
 
野をならし
道をととのへよ
子らが通ふ野の路
はるかむかうを見るあたり
 
 
 
 
 
 
 
たらちねには「野の道」という詩(うた)があります。これは、たらちね開所前から、測定をはじめとする様々な準備にかかわった遠藤藤一さんが、たらちねのハナ歌としてつくってくれたものです。たらちねのスタッフは、このハナ歌を思いながら日々、活動をしています。
 ハナ歌というのは、日常の中で手仕事をしながら無意識に口ずさむものです。私たち大人は、この「野の道」のように「子どもたちが通う道をととのえる」ことを何気なく無意識にできているでしょうか?大人たちは、そんな世の中をつくれているでしょうか?
 
一度でも事故が起きると、とんでもない被害が発生する原発を、この狭い日本に54基もつくったことは、今さらながら、とても驚きます。日本の原発の数は、アメリカやフランスに次いで、世界で三番目に多いと知り、国の面積や地震の多さなどを考えたら、その数は異常だと思うのは私だけではないと思います。
 福島第一原発の事故を経験して、原子力発電所は爆発する凶器だということがわかりました。また同じ事故がどこかで起きたら、日本の国はどこもかしこも放射能だらけになってしまいます。海も山も川も畑も木も草も汚染されます。
 
そして子どもたちも被害を受けます。体が小さく背が低い子どもたちは、大人よりも地面に近く、舞い上がった砂埃を呼吸から吸い込みます。だから外遊びは制限されて、心身の成長に必要な自然体験を十分にすることができません。成長期の細胞に取り込まれた放射性物質は、体内から放射線を発し、健康にも影響が及ぶでしょう。成長が止まった大人と子どもでは、受ける被害の大きさが違います。
 
子どもを守り育てることは、生命が自然に目指すことだと思っていましたが、現実はそうではないということを福島の原発事故を通して実感しました。広範な自然環境、人々、子どもたちの安全を長い年月に渡って脅かす、大きなリスクのある原発が、これほどたくさんつくり続けられた実情は、どんな未来を描いて進められたものなのでしょうか。
 
原発事故直後、立ち入り禁止になっていた地域の多くは、この9年間で立ち入りが許可され、居住までも推進されるようになってきました。大熊町の餅つき大会やマラソン大会、富岡町の運動公園でのスポーツ大会など。今も高い放射線量のある地域であっても、イベント活動が実施され、子どもたちは参加者として動員されています。
原発事故の被害は「目では見えない」環境汚染です。地震や津波の被害とは違い、大人が「大丈夫、安全です」と言ってしまえば、子どもたちは危険を感じることはありません。医療の現場ではガラスバッジの装着が義務付けられ、飲み食いも禁止されている放射線管理区域に相当する放射線量の場所で、子どもたちは活動を強いられています。
身の安全を保証できない場所での活動、そんな無理を通す、その先にいったい何の未来があるのでしょうか。選択の自由のない子どもたちは、大人の意図するように行動するしかないのです。大人には子どもの身の安全を守る責任があります。身の安全を確保することは、子どもの心を守ることにつながります。
 
放射能は測定しなければ可視化できません。たらちねでは、子どもの生活環境の中の放射能の測定を行い、保護者に情報を伝えられよう努力しています。その測定値を見て、自分の子どもの安全を守る判断に役立ててもらえたら良いと考えています。
 
 
 
保護者の中には、「学校から言われたら、スポーツ少年団から言われたら、行かせたくないけど仕方がない」といって、放射線量の高い場所に子どもを行かせてしまう人もいます。それは福島県内では珍しい姿ではありません。また、他県の保護者から、学校の交流活動で自分の子どもを福島に行かせなければならず、心配だけれども自分だけが断ることができずに苦しい、というお母さんからの話もありました。
社会のコミュニティの中で、絶対ではないけれども強制性のある指示に従わないことは、しがらみの中で生きる人々にとって苦しいことなんだと感じる局面が多くなりました。
 
原発事故後、問題の大きさに「自分の子どもだけ守れればいい」と割り切って、この9年間を過ごしてきた保護者も少なくないと思います。食べものや水に気をつけ、保養に行かせるなど、自分の判断でできることはやってきた、という人たちです。しかし、自分の子どもだけ守るという視野からの行動では、社会の大きなうねりが押し寄せた時、結局、強制性のあるコミュニティの圧力に従ってしまい、子どもを守りきれないのだという状況があります。
 
保養の説明会でも、「仕方がない」という保護者のあきらめの声を聞くことが多くなりました。このことから私は、一人の子どもを守ることも、大勢の子どもを守ることも同じことだと感じるようになりました。大勢を守れなければ、一人を守ることはできません。逆に一人の安全を守ることができれば、大勢の子どもを守ることにつながります。
中途半端ではなく、本当に守りきることの意味は深く重いと感じます。そのことに大人が気づくことが大切だと思います。そうでなければ、子どもが被曝するというリスクを回避することはできません。
 
たらちねは双葉郡の高線量地域の測定をする時、マスクや手袋をつけ、足元の汚染にも注意し、被曝防護の備えをして行動します。しかし、その同じ場所で行われるイベントの活動の中で、子どもたちが半袖半ズボンで動き回り、土埃の立つ場所でおにぎりを食べていることを考えると、言葉にならない恐ろしさを感じます。
 
福島県内では、国立高専がハブとなり、原発の収束作業・廃炉作業の専門家を育成するプロジェクトが組まれています。実業高校や大学なども参加しています。
同じプロジェクトが福井県でも展開されていると聞きました。福島県と同じく原発立地県です。原発の問題を日本全国で考え対応するのではなく、一部の立地県にのみ教育のシステムが強く組まれていることにも疑問を感じます。
 
そのシステムの中で子どもたちは成長し、電力会社に就職し、原発の収束作業に関わる人もいます。独身のうちは大熊町にある寮に居住しなければならず、昼夜を双葉郡で過ごすことに危機感や違和感を感じることはあるだろうと思います。中には、予定よりも早くに結婚し、大熊の寮を出る人もいます。結婚すれば、大熊町に住まなくていいからです。
こういった実情は、近代的な日本の中でのこととは思えないと感じます。未来ある若者の被曝軽減への企業の取り組みと責任をどう考えているのか疑問です。
 
2011年3月11日のあの原発事故の時にあどけない子どもだった世代が、原発作業に従事し、私たちの生活の安全を支えています。その職業を選択する青年の中には、「誰かがやらなければ」「福島にある原発だ、自分たちがやらなければ」という使命感を持つ人も多いと聞きます。
崩壊した原発での作業は、被曝を伴います。このことが、あと何十年、何百年続くのでしょうか。
 
福島第一原発から空間中に放出される放射性物質の量は、2017年と2018年の比較では2倍に増えているという発表がありました。東電によると、がれき撤去などの作業の中で放出されているものだということです。昨年から始まった排気筒の解体作業、日々繰り返される汚染水対策の作業、これから想像もつかないほどの危険な作業が行われていくことでしょう。
 
起きてしまった事故現場の収束作業は、とても絶望的な問題です。そうならないように備える、という選択肢がありません。そして、そこに私たちが守りたいと思っている世代の人々がかかわり、作業を引き継いでいきます。チェルノブイリ原発事故の収束作業には、事故後に生まれた人々が大勢かかわっているというドキュメンタリー番組を見たことがありますが、それはこの日本でも行われていくことです。
 
福島原発事故災害から9年が過ぎました。
この3月11日から10年目の年に入ります。
10年経って、福島がどうなっているのか?日本がどうなっているのか?
 
時の経過とともに、人々の問題意識は風化し、見えない放射能は「何もなかった」かのように忘れられていく中で、子どもたちの通う道をととのえるために、どうしたらいいのか、何ができるのか、たらちねでの日々は、その模索の連続です。
原発が事故を起こしてしまった絶望は、どんな対策も後手でしかなく、大人たちが子どもたちに捧げられる光はあるのだろうか、あるとしたらそれは何なのだろうか、その模索の繰り返しです。
 
この絶望の中で、自分たちにできることを「ハナ歌」を歌いながら、できるところまでやっていこうと私たちは日々を送っています。
 
 
 
鈴木薫 <プロフィール>
福島県いわき市に生まれ、現在も在住。2児の母であり、認定NPO法人いわき放射能市民測定室たらちね・事務局長。
 
【認定NPO法人いわき放射能市民測定室たらちね】
公式HP https://tarachineiwaki.org
Facebook https://www.facebook.com/tarachineiwaki/
 
 
 
 
 
 
 
 

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