NO NUKES PRESS web Vol.005(2018/05/24)

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NO NUKES PRESS web Vol.003(2018/05/24)

 
NO NUKES! human chains vol.02:吉原毅さん ロングインタビュー (聞き手:Misao Redwolf)
 
福島原発事故発生から7年がたちましたが、原発事故はいまも続いています。事故収束もままならず放射能の放出が続き、避難生活者も5万人と言われています(2018年3月現在)。圧倒的脱原発世論を無視し、愚かな現政権は原発を推進していますが、原発に反対しエネルギー政策の転換を求める人々の輪は拡がり続けています。【NO NUKES! human chains】では、ゲストの皆さんへのインタビューを通じ、様々な思いを共有していきます。

【NO NUKES! human chains】では、ゲストのかたに次のゲストをご紹介いただきます。Vol.02では古賀茂明さんからご紹介いただいた、城南信用金庫顧問で「原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟」(原自連)会長の吉原毅さんのロングインタビューをお届けします。

古賀茂明さん吉原毅さん


【NO NUKES PRESS web Vol.005(2018/05/24)】NO NUKES! human chains vol.02:吉原毅さん ロングインタビュー(聞き手:Misao Redwolf) http://coalitionagainstnukes.jp/?p=11011

 
 

– 城南信用金庫に入職して – 

Misao:すごく聞いてみたかったことですが、吉原さんが脱原発派になった経緯をうかがいたいと思います。

吉原:私は城南信用金庫で30年ぐらいずっと、本部で経営企画をさせていただいていました。すなわち、トップの方々のサポートをする仕事で、経営方針、経営理念、経営計画などをいろいろやってきた中で、信用金庫というのは、どういうことをする会社なのかということを知りました。

入職当時から「信用金庫は利益を目的とするのではなく、地域の方々を守り地域の方々に尽くす、公共的な使命を持った会社です」と言われていました。会社というのは、利益、業績を目指し、働いている人たちも、がんばって地位やお金をいただくことが仕事のやりがいだと、普通は思うわけなんですけどね。

Misao:それはとてもすばらしい、理想的な理念ですね。

吉原:そうなんです。しかし、若いころは「それは本当なんだろうか?」と半信半疑でした。ところが、平成元年になってから経営者が変わりまして、「仕事というものは厳しいものだ。厳しい中で人に抜きん出て、競争で勝った者が地位と金を手にし、それ以外のものが脱落するのは当然だ」「会社が利益を上げるためには人間は犠牲になってもいい」と言われるわけです。今流の、たとえば新自由主義とか、成果主義という考え方かもしれません。

そうしてみると実際、その会社はどうなっていくかというと、殺伐たるものになっていくわけです。そして、夢も理想もなくなるわけです。人間関係もバラバラになるし、品性は下劣になるし、拝金主義、つまり、成果さえ上げれば何をやってもいいということになります。理念・理想を一応掲げて、本音と建て前がある中で、建前では考えなくなってくる。

これでは会社がとんでもないことになる。私は、入職当時に言われたことが正しかったのではないかと思い至って、それを実現するにはどうしたらいいかを考えたんですね。そこで、その経営陣とその義理の息子とその子供、親子3代で会社を私物化している人間を、理事会、取締役会で解任決議をして、2010年11月10日に私が理事長になりました。

Misao:それはまるでクーデターのようですね。

吉原:クーデターといえばクーデターですね。三越事件と同じです。不適切な取締役を解任決議でもって排除する。会社が当然やらなければいけないことです。不適切な経営者がそのままいると、会社自体がとんでもないことになる。そのための法律もあるわけですから、それをちゃんと行使して経営の正常化を図る。私が経営トップになり考えたことは、「一に公益事業、二に公益事業、ただ公益事業に尽くせ」という、116年前にこの会社を作った創立者の基本理念でした。


– 城南信金創立者・加納久宜公と協同組合運動 –

Misao:すばらしいですね。会社の創立者はどのような人物だったのか、とても興味が湧きます。

吉原:千葉県一宮藩の加納久宜公という方で、自分の財産をすり減らしてでも、公共事業を貫いてこられた方でした。今から300年前の享保の改革のころからずっと徳川幕府の重鎮として、幕府の中枢で世のため人のための政治を主導してこられたお家の、最後のお殿様だったんですね。加納家は徳川吉宗公と一緒に世のため人のための享保の改革をやり、それが認められて大名に取り立てられました。

加納久宜公は明治維新になってからは、鹿児島県知事として西南の役の後の鹿児島を立て直しました。米もお茶もみかんもテコ入れして、産業でナンバーワンの県にしました。教育にも力を入れて、クラーク博士のお弟子さんを連れてきて教育改革もしました。インフラ整備もしましたが、その過程で大借金を背負って、自分の財産がすってんてんになってもやり遂げた方なんです。その功績が認められて、全国農事会の幹事長、つまり今の農協のトップになったんですね。そこで、当時ヨーロッパで一番最先端の考え方であった「協同組合」の運動に出会い、1900年に日本にも導入しました。

お金が暴走するのが成果主義、資本主義社会ですが、結果として道徳倫理が崩壊し、人と人とが助け合わずバラバラになる。そして、人間の思想自体も虚無主義、いわゆるニヒリズムに陥ってしまい、命も軽んぜられるような世の中になっていく。1844年にロバート・オーエンが、「近代社会というものは大変なことになってしまうから、それを是正しなければいけない」という空想的社会主義者として世に出てきのですが、その考え方が世界中で「協同組合運動」というかたちで展開されていました。

明治維新以降、お金が猛威をふるう薩長を中心とした利権政治になってしまい、西郷さんはそれに異を唱えました。そして加納公も、そんな世の中ではいけない、協同組合運動こそが大事なんだと、城南信用金庫を作ったのです。さらに、1905年には全国1300の産業組合、つまり、今の農協、生協、信用金庫すべての中央団体である産業組合中央会を作りました。みんなが手を取り合って理想社会を作ろうという気概に燃えて、宮沢賢治をはじめとして多くの方々がこれに情熱を注いできた。平成になってからいろいろ調べて、私は創立者と会社の設立について知ったのです。
 
 
– 社会貢献企業をめざす・人と思いやりを大切に –

Misao:城南信用金庫の成り立ち、そして創立者のお話、すごく感銘を受けました。西郷さんのお話しもでましたが、私は徳川幕府贔屓ですので倒幕派の西郷さんには違和感があるものの、でも最後にはちゃんと気づいて明治新政府に対峙したラスト・サムライかなと思ってます。

吉原:西郷さんは、利権政治はいかんと気づいたんですよね。明治維新の本質はイギリス帝国主義による日本支配であるということに、西郷さんは最後に気がついたんです。明治維新というのは、イギリスが巨額のお金を薩摩・長州に与え、最新鋭の武器でもって日本を占領させたことに他なりません。

Misao:イギリスはあらかじめ徳川幕府と仲がよくない藩を調べて、薩摩・長州に接近したとも言われてますよね。それに、公武合体が進められている時期に、徳川家茂と孝明天皇が次々に亡くなったのも解せないところです。

吉原:イギリスはアメリカの南北戦争にも介入して、南軍に金と武器を与えていました。しかし南軍が負けたので今度は日本に介入し、南北戦争で使ったセコハンの最新鋭アームストロング砲を、長州藩と薩摩藩に無料で大量に供与した。その武器があれば、アッと言う間に日本を占領できる。

そこで我が徳川幕府軍は戦争を避けるため、大政奉還をして政治的権力を維持しようとしたところ、薩摩藩が江戸の街にテロ行為で挑発し、アッと言う間に戊辰戦争になり占領された。その後、結局、イギリス帝国主義のお金と軍事力によって明治政府は作られ、天皇の政治利用がはじまりました。

我々金融マンとしては、お金の流れで歴史を考えます。ジャーディン・マセソン商会とグラバー商会のお金、それからロスチャイルド家と銀行家のジェイコブ・シフの関係で、イギリスのお金が日本に流れてきていますよね。日清・日露戦争まで、そのお金や武器で情勢が動いてきているところをみると、明治政府はイギリスの影響下にあることがよくわかります。その中で、三菱商事もグラバーさんの肝いりで作った会社だし、そうなると、利権政治も全部イギリス利権ですよね。伊藤博文たちが利権のいいところを全部とって、ドンチャン騒ぎして芸者さんを総揚げしているから、さすがにこれはまずいと考えたのが西郷さんなんです。

そして、勝海舟以外の徳川方の元幕臣たちや、福沢諭吉先生もこれはとんでもないなと思ったんです。「一身独立して一国独立す」、一人ひとりが独立して、薩長の政権を打倒せねばならんと考えたんですね。そこで、我々徳川方としてはですね(笑)、どうしなければいけないか。財閥利権による金権・拝金主義ではなく、国民みんなが等しく国民としての自覚を持てる中産階級育成が大事だと。それに向けて協同組合が非常に大事だということで、加納公は協同組合運動に大変な情熱を燃やしたのではないかと思います。

Misao:すばらしい志で本当に感動的です。いまの安倍政権とは比べものになりません…。

吉原:レーニンも、理想社会は共産主義ではなくて協同組合主義だと言ったくらいですから。二宮尊徳や大原幽学をはじめとして、日本にも千葉県や茨城県などに協同組合運動がふつふつと起こり、その流れの中で会社ができていきました。武蔵国荏原郡の町長さんたちが、みんなが作った信用組合を合併して作ったのが城南信用金庫です。加納のお殿様が最初に作り、みんなそこで勉強して、それぞれの街の人たちが貧困から脱却して一人前の国民として自立していく。精神的にも経済的にも独立するための運動として、人間性回復、自由民権運動として城南信用金庫はできたのだと定義した場合、我々のやることはただひとつ。

それはなにかというと、社会貢献のための会社を作っていくことなんです。お金を大切にして自分を大切にするのではなくて、人を大切にして他者への思いやりを大切にすること。そして、みんなを仲間にして日本を元気にする。それぐらいの気宇壮大な気持ちでやっていかなければいけない。2010年11月10日に理事長に就任してすぐ、社会貢献企業をめざそうと思いました。そうしたら、その4ヶ月後になんと原発が爆発しちゃうじゃないですか。

Misao:あ、そのタイミングだったんですか…。


– 3.11福島原発事故・「脱原発」を掲げる –

吉原:それまでは、原発はよい物だと思っていました。第2次オイルショックの頃に就職した我々は、エネルギーがなくなると大変な不況、インフレになるから、原発は大事だと思っていたわけですよ。資源のない日本には原発はどうしても必要だと。私の師である加藤寛先生も、「これからは核融合技術も出てきて日本は無限のエネルギーが手に入る。そうすると日本経済は盤石であるから、吉原くん心配ないよ」と言っていたんですね。「先生は経済学者なのに詳しいな。そうか、先生が言うから間違いないだろう」と思っていました。

Misao:ああ、夢の原子力的な発想ですね…。

吉原:しかし、3.11で原発が爆発する。「あれ、話が違う。みんな安全だと言っていたのに、どうなんだ」と思いました。さすがに経産省は反省して、電力会社は謝るのかと思ったら、謝らない。「なに、この謝らなさ」と、まずそこに違和感を覚えた。マスコミも「原発を止めると、日本は江戸時代に戻る」などと根拠なく言う。民間企業や国民の常識、世界の常識でいえば、プラントが爆発したら当然、原因究明して安全対策してから稼働しますよね。いきなり、原発を止めてはいけないとか言って、なにこれ?! と、すごく異常さを感じました。

それと同時に、マスコミから学会から政界から官界から、財界まで全部、言論統制を敷いてきて、その異常さにゾッとしました。日本はロシア、中国共産主義国家、北朝鮮とは違い、自由な言論の国のはずなのに全然違っていて、同じか、それ以下だということが一瞬にしてわかった。これは、とんでもないことになっている。

そういう中で、信用金庫は地域と地域の方々をお守りするはずなのに、集金したり融資の仕事をしたりしている場合ではないな、と思ったんです。だって、地域そのものが壊滅する危機の中にあって、政府がちゃんとやってくれないなら、あとは自分たちでなんとかしなければいけないでしょう。そこで、城南信金の経営理念や、先人の方々はなんと言うかを考えました。加納久宜公も、そして我々がお仕えした信用金庫業界のドン、政府に対してもの申していたあの小原鐵五郎だったら、きっと政府は間違っていると言うに決まっている。

そこで私は、白石(草)さんのOurPlanet-TV(アワープラネット・ティービー)で、政府は間違っていると訴えました。城南信用金庫の経営理念として「原発に頼らない、安心できる社会を作りましょう」というメッセージを掲げるとともに、「政府が言っていることは間違っている。原発を止めて、自然エネルギーを推進する。原発を止めてもひとまずは省エネと火力発電で十分に対応できるはずだ」と、原発は絶対に動かしてはいけないと話しました。

財界でもみんな、当然このように思うだろうと思ったんです。そうしたら三井住友銀行の西川善文さんが、「城南信用金庫の決断は英断だ」と日経新聞のブログに書いていた。ところが、その後に行内でよってたかって「そんなことを言うんじゃない」と、後輩たちが言論封鎖したんですね。西川さんのような名経営者がこんなことで不本意だろう、お気の毒にと思いました。結局、利権なんですよね。

加藤先生に、「私は脱原発宣言をしましたが、これでよいのでしょうか」と聞くと、「吉原くん、ぼくも闘うよ」とおっしゃるので、「あれ、先生、急に変わったな」と思いました(笑)先生は、国鉄分割民営化や電電公社民営化をやられており、「政官財の癒着が世の中の最大の悪である」という考えでした。アメリカではこれを公共選択学派(Public Choice)といって、ジェームズ・ブキャナンとゴードン・タロックという経済学者と政治学者が、バージニア大学を中心に提唱してました。先生はそれを導入して、日本でも公共選択学会を作ったんですね。

先生は、「政官財、マスコミ、学会、全部が癒着している。これは公共選択学会としても最も敵視し、対処しなければいけない問題だ。しかも日本だけではなく海外にも原子力がある。この癒着構造という最大の敵を忘れていた」と、残りの人生すべてを賭けるというふうにおっしゃいました。先生は2013年1月にお亡くなりになったのですが、約2年間にわたってがんばられて最後に本を書かれた。

それが、『日本再生最終勧告-原発即時ゼロで未来を拓く』(ビジネス社:刊)という本なんです。私も対談で出させていただいていますが、「これからはスマートグリッドソサエティの出現で、自然エネルギー、分散エネルギーで世界はどんどん発展していく。そして、原発はかつての恐竜みたいにどんどん滅びていくだろう」と書いてあるんですね。「原子力ムラは反社会的集団である」と、そこまで書いてあります。そういうことをメッセージとして掲げた本を出し、闘ってこられました。

Misao:ところで、原発が爆発した時、吉原さんご自身は感情的にはどうだったんでしょうか。

吉原:「世界はもう破滅だな」と感じました。東京、神奈川はもう住めなくなるなと思いましたね。

Misao:そこからすぐに、城南信用金庫で脱原発のスローガンを掲げたのですよね。

吉原:そうですね、2011年4月1日には、城南信金のホームページに掲載しました。3.11のすぐ後、「こんちくしょう」と思って、一週間くらいで話しを進めました。大企業や大組織のエリートで善であるべき人たちが、本当のエリートではなくただの自己保身にはしる人たちで、まさに自分が何十年間か苦労してきた会社の中の話と同じだという思いがありました。つまり、自己保身と利権のために生きている人間は、こういうときになんの役にも立たないどころか、もっととんでもない間違った判断で、間違ったことを今までどおりやり続けようとするんです。

私が城南信用金庫で苦労してクーデターをやった相手と同じで、こいつら(原発推進派)も同じだなと、怒りがこちらに転化されたわけです。こいつら、もう許せないという、感情的な思いが爆発するわけですよ。世の中の正義とか正しいことよりも、自分の保身や利権を優先して、人々に迷惑をかけて、卑しい根性で大切な企業や組織や政府を私物化する。絶対に許せないという思いがあるわけですよね。企業人として、こういうことを絶対に許すわけにはいかんと思ったんです。


– 思いを同じくする人はみんな仲間 –

Misao:私は2006年ごろから脱原発のデモや集会をやってきましたが、ビジネス界のトップ、とくに保守系の方々に脱原発の声を上げてほしいという思いがあったんですね。なので吉原さんが声を上げられたときは、「よっしゃー!」とニヤリとしたのを覚えています。今お話を伺っていると、創立者の経営理念の教えから、会社の中でのクーデター、脱原発宣言まで、吉原さんの生き方、考え方は一貫しているように思いました。

吉原:考え方は一貫しているのですが、原発自体の事実認識は違っていたので、それは非常に反省しました。

Misao:それは多くの政治家、小泉元首相や菅元首相もおっしゃっていますね。

吉原:歴代総理は、事実認識としてこれは間違いない事実だと、だまされて思い込まされてきたことに対して、みんな反省しているわけですよね。

Misao:小泉元首相もはっきりと、自分は間違えていたとおっしゃっていますよね。考え方が変わったのなら、うやむやにしないで表明することは大事だと思います。

吉原:なおかつ、ここまで原発を推進してきたのだから、原発をゼロにしなくてはいけないと、そこまで情熱を燃やしているというのはありがたいことですよね。

Misao:そうなのですが、小泉元首相が脱原発の声を公に上げ始めたころ、市民運動の中では、左翼の一部の方たちが、あれはなにか…。

吉原:利権があるのだろう、とか。

Misao:そうです。そういうことを言っていましたね。私は、脱原発実現を最後のお仕事にされているように感じたのですが…。

吉原:今さらもうなにもないでしょうからね。

Misao:そうですよ。地位も名誉も手に入れて、政界を引退し悠々自適に暮らしていて。色眼鏡で見たり、イデオロギーで一刀両断したり、この人が脱原発を言っても信用できないとか、運動の一部にはそういう狭量さがあります。2014年の都知事選で私は細川元首相を支持したのですが、「小泉が応援しているのに」とずいぶん批判されました。

吉原:基本、左翼運動というのは教条主義的になりがちですが、こういうところが好きではありません。私は、思いを同じくする人はみんな仲間になりましょうと思っています。

Misao:シングルイシューでいきたいです。脱原発のデモや抗議が活発だった2011~13年頃、右翼系の方たちが国旗を持ってきていたんです。私たち(首都圏反原発連合)は、ダーッと日の丸が並んで異様な雰囲気でなければ、容認していたんですね。同時に組合の旗の林立も、デモに慣れてない方たちが引いてしまうのでご遠慮いただいていました。でも、日の丸を容認したということで、左翼の一部の方たちからものすごいバッシングをされるわけですよ。

吉原:だから、それがすべての間違いのもとですよ。自分の、これではないと絶対にダメという狭量さというのが、社会運動の衰退を招くという。

Misao:敷居を上げて、入り口を狭めていってしまうんですよね。

吉原:本当に昔から、思い起こせば60~70年代の安保も、みんなセクト主義で内ゲバをやって滅びたんだから。

Misao:先鋭化していくんですよね。ベ平連なども、一般の市民の方々が多く参加していたのに、学生を中心に運動がだんだんセクト化して先鋭化してしまって。ただ、社会運動も長引くとどうしても先鋭化してくるという、世の理みたいなものもあるので、そうさせないためにけっこう大変です。そういった中で、私たちの手が届かないところ、アンタッチャブルなゾーンというか、吉原さんたち保守系の方が脱原発を発信するなどの動きが出ると、「よっしゃ!」という気持ちになります。

吉原:いろいろな考え方の人たちが、「どこからみても原発はおかしいでしょ」と言っていることがうれしいのであって、ひとつの考えだけから原発反対だったら広がりがないし、それでは、それが正しいことだと証明できないじゃないですか。右からも左からも、封建主義者も原始共産主義者も、とにかくいろいろな方々が「どこから考えてもおかしいでしょ」となれば、これは普遍的な真理なわけです。そういうことを尊び、めざしたいと思うんですね。

Misao:イデオロギーの問題とは限らないですからね、原発の問題というのは。

吉原:イデオロギーで考えてもいいけど、ほかの人の考え方を否定しないでほしいですね。

Misao:違う考え方の人を否定しバッシングしないでほしい。ほかのところでは考えが違っても脱原発で一致すれば、その一点でゆるめにつながればいい。手はつながなくてもいいので。

吉原:たぶん、ゆるめにできない人というのは、イデオロギーしか自分のアイデンティティがないのでしょう。これは合理主義の落とし穴でもありますが、理屈のみで勝負しようとして、現実世界での関係性がどんどん失われている人ですよね。

Misao:すごくわかります。

吉原:そこには哲学的な命題があって、近代合理主義の陥りがちな机上の空論だけですべて勝負しようといくと、どんどん先鋭的になって、先細りになるんですよ。

Misao:しかし、そういう人たちは、自分たちは合理主義的ではないと考えていると思います。むしろ、合理主義的なことを否定し排除したいと思っているのですが、はたから見たら、結果的にそこに陥っているという、そういう矛盾があるようにみえます。

 
 

– 原発問題があぶり出す近代の対立軸とテーマ – 

吉原:原発反対というのは一部の方々だけの問題と見られがちだったから、それを変えないといけないと思ったんです。ですから、私は経済人として、保守的な立場からとあえて強調しているわけです。ときには、徳川300年前からみたいな話をして、こいつは封建主義者かと思われたりもします。ときには神社本庁の雑誌に出たり、仏教界に出たり、キリスト教界に出たり、最近は生長の家の講師もやっているのですが、そういうところをわざと狙っています。

そうすることによって、一部の人間の言っていることではないということを、どんどん広げていきたいと思っているんです。「国民全員が言っているんですよ」と。国民運動として最終的な目的達成、勝利をめざすという戦略でやっているんですね。私は多くの方々と一緒に、なんとかして原発を止めたいなと思っています。

Misao:吉原さんが会長をされている原自連(原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟)も、そういったコンセプトですよね。

吉原:そうです。小泉(純一郎)先生も、河合(弘之)先生もそうおっしゃっている。だから、右左関係なく全員、共産党の方々とも仲良くやろうぜということなんです。世間には共産党アレルギーの方もいますが、私などは共産党のなにが悪いのかと思いますね。亀井静香先生も、「共産党がいま一番まともな政党なんじゃないの」とおっしゃっていました。

要するに、独善的でなければいいわけですよね。人間というのはパーフェクトな存在ではないし、真理にしても、実は本当は正しいかどうかわからない。その中で、なんとか自分で信念をもってやっていて、かといって、それが真理であるかどうか留保条件付きで生きているはずだから、人の意見をまったく棄却するということはおかしな話ですよね。そういう方々もすべて同じように生きている仲間として、一緒に生きていきましょうよ。

整理してみると、原発推進したいという人は、だいたいが自分のことと目先のことしか考えない人なんですよ。原発はダメだと言っている人は右左関係なしに、子供たちの未来、自分以外の多くの方々の将来、子供や孫たちの幸せを考え、よりよい社会を作っていこうとしていますね。従来の右だ左だという対立軸ではなく、これが近代の対立軸なんです。

自由主義という考え方があります。私は、反自由主義者なので自由主義を礼賛するのは怪しいなと思っていましたが、思うに、近代社会というのは自由主義的なお金中心主義ではないですか。人をバラバラにして道徳倫理を崩壊し、ニヒリズムに陥る金権主義は絶対にダメだという、そこが対立軸だと思うんです。原発問題を通じて、近代社会のもっている根源的な対立軸があぶり出されたと言えます。

自民党は、今や金権自由主義者の集団と成り下がっているんですよ。対立軸が混乱している中でスパッとわかることは、金権主義かそれ以外かということです。金権主義者たちと、社会を大事にする人たちの対立軸なんですよ。

ここに、今まさに協同組合運動が最大のテーマとしてきた、反近代主義と反自由主義が重要になってくる。ポストモダニズムを希求する協同組合主義が再び姿をあらわすのです。私はこれこそが一番大事なテーマだと思っているので、ここは主戦場だなと実感しています。


– センス・オブ・ユーモアとセンス・オブ・ハーモニー –

Misao:私も同じように考えるところが多く、共感します。ところで、吉原さんの座右の銘とか、ポリシーなどをうかがいたいです。これまでのお話しの中で響いてきたものもありますが、改めて。

吉原:私が師と仰ぐかたに西部邁先生がいます。生前親しくしていただきましたが、先生のパーティーに行くと、鳩山(由紀夫)さんから右翼まで色々な人たちがいっぱいいて、すごくおもしろいんです。西部先生は、社会から異端といわれて排除された人たちみんなに手を差し伸べる。保守といわれながらも、極左から極右まで全部仲間にしてしまう。思想が正しいか正しくないかということではなく、先生の暖かさや人懐っこさ、そういうところが好きでした。

Misao:私は吉原さんに最初にお会いしたとき、私たちの集会でご登壇いただいた時だったでしょうか。社会的地位が高いのに偉ぶらない方だなと思いました。人によって態度を変えないというか、分け隔てなくていねいに接される方だなという印象があったんです。今、お話しを聞いていたら、恩師の方々から感銘を受けたことを、ご自身の振る舞いとして体現されているのかなと思いました。

吉原:そこまでできているかわかりません。『チップス先生さようなら』でチップス先生が、「イギリスの中等教育で最も大事なのは、詰め込み教育ではなくセンス・オブ・ユーモアだよ」「センス・オブ・ハーモニー、それが一番肝心なことなんだよ」という話をするんです。そういう感覚を持っている方にはすごく憧れますよね。

Misao:私は、吉原さんはウィットに富んだ方だな、という第一印象があったんですよ。スーツを着ていて、ビジネスマンというか金融の偉い人という感じでパリッとしているんですが、話しをするとダジャレも言うし、実はかなりおもしろい方だなというインパクトがありました(笑)。ところでこれも聞きたかったのですが、なにか、これという趣味はお持ちですか。

吉原:昔は自転車が好きで、慶応サイクル部に所属して北海道から九州まで山の中のガタガタ道を、先輩たちと一緒に自転車にテントを載っけて走っていました。安く旅行に行けるというのが非常によかったですね。しかし、最近はそんな暇がなくて、一時は仕事が趣味と言っていたくらいです。確かに仕事が趣味でなかったら、こんなことはやってられないという感じで楽しんではいます。最近は趣味もなにもないという話ですが、唯一やっているのは農業です。


– 農業共同組合とソーラーシェアリング –

Misao:いいですね、私も植物が大好きです。畑をやられているんですか。

吉原:年とともに植物とか畑などが気になってきまして、夏野菜を作ったり、冬は大根を作ったりしていますが、『現代農業』などを読むうちに、phだとか微生物の放線菌だとか土壌改善とか、深みにはまっていきました(笑)。そうなると、土壌の放射性物質の残留問題も関連してきます。先輩から「飯舘村でカリウムを撒いて天地返しをしたら、お米が食べられるようになった。出荷はダメだけど、俺たちは食べているよ」というおもしろい話しも聞きましたね。それから、農業で勉強したことがソーラーシェアリングにつながってきました。

Misao:やはり、趣味をやっていてもここにくるんですね。自然エネルギー推進(笑)

吉原:このビル(城南信用金庫本店)の屋上にプランターを30個ぐらい置いていて、今年はサツマイモを植えたのですが、『銀座ミツバチプロジェクト』の田中(淳夫)さんのご指導で、18kgもの大量のサツマイモを収穫することができました。それを九州に送り、障害児の方々が作ったお芋と一緒に焼酎を作ってもらって、我々がその焼酎を買ったお金で障害児の方々を応援する。そんなプロジェクトを、任意団体ですが農業協同組合を作ってやっています。私の部下が組合長で、私は小作人Aとして水を撒いています。毎日水をやって、トマトができてよかったねとか、トウモロコシを作ったりとか。自然に触れると和みますよね。

そういうことをやりながら、この前は沖縄に行って、ゴーヤ畑のソーラーシェアリングの現場を見てきました。ソーラーシェアリングを導入して畑に日陰を作ったら、ゴーヤが2倍獲れたそうです。植物には光飽和点があって、10万ルクスの光が当たると枯れてしまうんですよ。3万ルクスくらいでちょうどいいんです。ゴーヤが2倍も獲れて、設備の下でヤギを飼って、電気収入もあって万々歳だということです。

こういうことを世の中に広めていったらおもしろいだろうなと思い、農水省に働きかけています。去年の今ごろですが、高校の後輩である農水省の奥原次官と焼鳥屋で飲みながら、「ソーラーシェアリングをぜひ広めようと思うが、奥原先生はどうですか」と話したら、「ぜひやりましょう」ということで、農水省とやりとりを進めています。

ソーラーシェアリングの話をしていくことで、原発廃止にも結びついていきます。「日本の全農地を使うと原発1840基分の電気ができるんですよ。日本には国産の自然エネルギーがものすごく量があるんです」と言うと、みなさんとても喜んでくださる。気持ちが明るくなりますよね。そして、映画『日本と再生』を観ていただく。こういうふうに「原発はなくても大丈夫。農地も再生させて子供たちもどんどん生まれて、年金問題も解消して、そしてホルムズ海峡のシーレーン防衛いらなくなるんですよ」と話すんです。自然エネルギーが普及すれば、中東も戦争しなくてもよくなるしね。

Misao:石油の需要が低くなれば、中東の情勢も変わってきますよね。

吉原:アラビアのロレンスをはじめとして中東の戦争は、みな石油狙いでイギリスが起こしたものですからね。

Misao:映画『アラビアのロレンス』は美化されすぎですよね。

吉原:そうですよね。で、「こっちの方(自然エネルギー推進)に行けば全然大丈夫じゃないですか、みんながハッピーになりますよ」と明るいビジョンを指し示すようにしています。原発を即やめれば、実は電力会社だって銀行だって助かる。原発立地県も長い目で見たら、こっちの方が絶対にいい。目先の電力も全然困らない。原発を即とめても、誰も困らないんですよ。

原自連で「原発即時ゼロ法案」を作りました。過去には、2030年まで原発をやりたいなんてバカなことを言う、労働組合の手先の民進党の法案もあったのですが、立憲民主党になってからは、すぐに止めればいいんだと、我々が言ってきたことが受け入れられるようになった。どう考えたってこちらの方が正しいわけなんですが、その正しいことを主張して、より多くの方々に理解していただけるような、国民運動をやっていくことが大事かなと思っているんですね。

Misao:小泉元首相の全国各地での講演会は効果があり、認識も広がってきていると思います。あと思うに、原発に依存している会社や地域をどう救済していくかというビジョンを、もっと世論で高めていけば、脱原発実現へのハードルも下がっていくのかな、と。ソーラーシェアリング推進はすごく明るいですよね。でも、安倍政権の政策障害のひとつである発送電の問題でブロックされています。それは国会で闘っていただかなければいけないというところですよね。

吉原:そうですよね。ぜひやってもらいたいと思います。


– 原発の問題はみんなが普通に考えるべきこと・大きな国民運動へ –

Misao:私たちがやっている毎週定例の『金曜官邸前抗議』も、もうすぐ開始から丸6年になって7年目に入るんですが、去年はさすがにまずいかなというぐらいに、参加者が減っていたんですね。それが、年末に参加者が倍になって熱気が戻ってきたんです。伊方原発の広島高裁での運転差し止め、河合弁護士が弁護団をされていた、あれが効いたんですね。それと立憲民主党の「原発ゼロ基本法案」。

1ヶ月ぐらいしたら熱気がダウンするかなと思っていたら、続いているんです。そこには原自連からの発信も影響していたと思います。疲れて抗議への参加を休んでいた人たちも、「よし、今年はいけるかも!」という気持ちになって活気が出てきのだと思うのですが、抗議に参加している皆さんにメッセージがあればお願いしたいです。

吉原:先日、原自連の『脱原発大賞』の審査会議をやったのですが、金曜官邸前抗議へ参加している方々は本当に表彰に値すると、審査委員はみなそう話していました(*注:2018年3月7日、首都圏反原発連合は脱原発大賞の審査委員賞を受賞しました)。直接行動でインパクトを与え続けてくださっていること、大変ありがたいと思います。その上で我々も、原発ゼロは全ての人にとって正しいことだと伝え、官邸前抗議をやっている人たちを理解できるように、全国を回って説得したり、講演活動をやっていきたいと思っています。ぜひ、がんばっていただければと思います。我が社の代表として、唐澤くんも毎週参加しておりますし。

Misao:え、そうなんですか!?

吉原:城南信用金庫に勤務する、唐澤くんが毎回参加しております。もしも警察に捕まった場合は、「ホントは参加するのは嫌だったんですが、会社の命令で来ました」と言えばいいと言っています。唐澤くんには、「捕まったら二階級特進ですね!」と言われましたけど(笑)

Misao:そうなんですか! 私は現場では全体の見回りや警察渉外を担当しているので、抗議参加常連の方々の顔は知っていても、個人的に話しをすることは少ないので…。今度、唐澤さんとお話ししてみます。

吉原:唐澤くんは城南信用金庫の代表として参加しています! 唐澤くんは社命で行っております(笑)

Misao:金曜官邸前抗議も、2012年には10万人以上の人たちが集まっていましたので、カンパも多くて、市民運動のグループとしては貯金があったんですけど、ここのところ参加者が減り、貯金を切り崩していました。去年、反原連の運営資金のためにカンパを呼びかけたところ、ありがたいことに目標金額の1000万円が集まったので、あと1~2年は活動を維持できることになりました。

吉原:よかったですね。やはりみなさん応援しているんですよ。全国の、官邸前に行けない人たちの替わりにやってくれてありがとうと。そういう気持ちのあらわれですよね。

Misao:そうですよね。みなさん、まだまだ官邸前での抗議が必要と思っている。いつでも毎週やっていると思っていて、用事で東京に来たので1年ぶりに参加しましたとか、そんな場所になっています。

吉原:あと大事なことは、みんないろいろなことをやりながら、でも、しょうがないから抗議をしている、普段はいろいろなことやお仕事をやっている人たちなんですよ、ということを理解してもらわないといけないですね。かくいう私自身も、城南信用金庫の仕事や脱原発への取り組みのほかにも、成年後見の会社を作って高齢者福祉の分野もやっているんですね。

これもやって、あれもやって。そのひとつとして「原発はやはりダメでしょう」ということなんです。高齢者の方は助けないといけないでしょう。知的障害者の方々にもみんな幸せになってもらうために努力しなければいけないし、被災地で苦労している方も助けないといけない。そういったすべてをやるのが企業活動であり、自分の人生だと考えています。

いろいろやっている中の一環として、原発反対もみんなが普通に考えるべきことなんだと、多くの人たちに理解していただけるといいなと思っています。みんなこれだけやっているわけではないですし、好きでやっているのではないんです。本当はやりたくないと思っていて、原発がとまれば、もうこんなことにいつまでも付き合うこともないのに、と。そういうくだらないことはいい加減やめましょうよ、という話ですよね。

Misao:私なども、金曜官邸前抗議が一番ピークの頃、取材が一番多かった頃にマスコミによく言っていたのは、「こんな活動は早くやめたい」ということです。

吉原:そうなんです。運動を長くやりたい人と、早くやめたい人がいるんですよ。長くやりたい人というのは、だいたい内ゲバを起こすタイプなんです。運動自体が自分のアイデンティティとなってしまっている。我々は、いろいろなことを、楽しく夢のあることをやっていきたいのに、それを邪魔されるからかかわっているだけで、本当はこんなことはさっさとやめにしたい。アンタがやめれば、これをやめられるのに何でここまで手を焼かせるのよ、とそういうことですよね。

Misao:そうですよ。降りかかってくる火の粉があるから払わなければいけない、かかわらざるを得ないということで、私も本当はもっとほかに、やりたいことがたくさんあります。

吉原:それが健全な市民運動ですよ。不健全な市民運動には、これがあるからうれしいみたいになってずっと続けちゃう人がいるんですけど、それが連合赤軍とかを作る人たちなんですよね。

Misao:そういった人たちは、2011~13年頃、脱原発のデモや抗議がピークの頃にはいましたね。連合赤軍ほど行いは過激ではなくても、メンタル的にそういった人たちが。私たちはそういう勢力に入られると困るのでドンパチしていましたが、ネットなどで相当バッシングされましたし、いまだに中核派などは私を名指しでいろいろ書きます。

しかし、そういう、自分たちのためだけにやっているような人たちは、脱原発の運動の中ではだんだん淘汰されてきました。本当に原発をとめたいと素直に思う人たちが、金曜の官邸前、国会前に集まっています。

吉原:そうなんですよね。自分のためだけにやってはダメなんですよね。我が社の代表の唐澤くんも、本気で原発をとめようという気持ちで毎回参加しています。みなさん、我が社の唐澤くんをよろしくお願いいたします(笑)

(2018年2月29日:城南信用金庫本店にて)
 
 
吉原毅 <プロフィール>
1955年東京生まれ。77年慶應義塾大学経済学部卒業後、城南信用金庫入職。1992年理事・企画部長に就任。懸賞金付定期預金などの新商品開発などに従事。2010年11月理事長就任。2015年6月に退任し、相談役に。2017年6月から顧問。東日本大震災以降、被災地支援を精力的に行うと同時に、原発に頼らない安心できる社会を目指して「脱原発」を宣言。2017年4月に全国組織「原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟」を創設、会長に就任。

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<予告>NO NUKES! human chains vol.03
このインタビュー・シリーズでは、ゲストのかたに次のゲストをご紹介いただきます。吉原毅さんからは、作家でクレヨンハウス主宰の落合恵子さんをご紹介いただきました。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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